現在も 多数の方に読み継がれている名著 フランクルの「夜と霧」。

既に読まれた方も多いでしょうけれど、ナチス時代のユダヤ収容所に強制収用され 明日生きているかどうかもわからない状況の中で、その日々を観察記録した精神医の記憶です。

この本は霜山徳爾氏の訳によるものでしたが、フランクル自体の改訂版が出たことに伴い 2002年池田香代子氏による新版が出ました。

本編もさることながら、ここでご紹介したいのは 訳者あとがきの一番最後の部分です。

そのまま書き写しますと、

「このたびも、日本語タイトルは先行訳に敬意を表して「夜と霧」を踏襲した。これは、夜陰に乗じ、霧にまぎれて人びとがいずこともなく連れ去られ、消え去った歴史的事実を表現する言い回しだ。しかし、フランクルの思いとはうらはらに、夜と霧はいまだ過去のものではない。相変わらず情報操作という「アメリカの夜」(人工的な夜を指す映画用語)が私たちの目をくらませようとしている今、私たちは目覚めていたい。夜と霧が私たちの身辺にたちこめることは拒否できるのだということを、忘れないでいたい。その一助となることを心から願い、先人への尊敬をこめて、本書を世に送る。」

 
歴史の中には 苦しみや失敗がたくさんある筈です。
先人達が、その身を賭して残してくれた負の遺産は、優れた功績よりも数万倍 後から来る者への教えになる筈です。

日本ではどうでしょうか?