寒い日が続いていますね。

北の方ばかりではなく 広島でも大雪が降ったそうです。

 

霜の降りた寒い朝や、小春日を思うような里村、厳しく寂しい夜を歌った「冬景色」という歌があります。

 

「冬景色」というといつも思うのですが、この歌は 大作曲家の團伊玖磨氏から酷評された歌だそうです。「情景はわかるが、それを述べているだけで、自分はどこで何をしているのかわからない。一体何を言いたいのか全くわからない歌だ」という論旨のようです。

 

團伊玖磨氏は文部省歌に対する批判もかなり持っていたようなのですが、本当にこの詩はそんなに酷いものなのでしょうか?確かに景色を書き並べただけかもしれませんが、冬の日の情景が浮かんで来て、その温度や音や色と共に 気持ちの抑鬱さえ感じるような気がします。

 

私はとてもよい詩だと思っています。

ちょうど俳句が情景を述べただけで その奥に在る様々な心情さえも顕わすと同じように、この歌ももっと評価されても良いように思っていますが、どうでしょうか?

 

【歌詞】
一、さ霧消ゆる湊江の

    舟に白し、朝の霜。
  ただ水鳥の聲はして
    いまだ覺めず、岸の家。

二、(からす)啼きて木に高く、
    人は畑に麥を踏む。
  げに小春日ののどけしや。
    かへり咲の花も見ゆ。

三、嵐吹きて雲は落ち、
    時雨降りて日は暮れぬ。
  若し燈火の漏れ來ずば、
    それと分かじ、野邊の里。